雑談でただ聞くこと、が実は得意な部類で強みにもなる

body of water

こんばんはーたかろーです!

毎日と投稿をするようになってから、最近はブログ執筆を23時まで待っている自分がいます。

これは辞めた方が良いと思う。
ホントに、、、笑

今日が終わるギリギリになって動くのはリスクもあるんでね。

さて、今回の記事は、新しく僕の中でのサービスが誕生しそうな予感なのでその基礎となる思考の整理をします。
記録?、メモ?に近いかも。

一旦、ジャーナリングで紙に書き出したりはしているのでちょっとそれも参考にしつつ。

雑談をする感じの自然体で「コーチング」提供

僕がコーチングサービス提供当初から、目指してる形であり、なりべく意識しているところでもあります。

これは一貫して、ずっと思っていること。

そこで1つの疑問が出てきました。

「なぜ、雑談する感じで」なのか。そこにこだわりを持っているのはなぜなのか。

当初出てきた答えとしては、

・雑談の雰囲気があった方がリラックスできる(相互に)
・リラックス状態になりやすいため落ち着いて思考ができる
・警戒心をクライアントさんも取っ払って信頼構築がしやすい

などです。

なんですが、さらに深堀することができました。

抑えられてきた子どもの頃からの感情

僕は、子どもの頃から「喜怒哀楽」を抑える癖がありました。

詳しくはまた幼少期の頃の経験談の記事を出そうと思いますが、
ざっくり、親からの圧や対応の仕方、我が強い人たちが僕の周りにいることが多くて圧倒される環境の中にいたため「自分の気持ちを出すこと」への諦め、「思いっきった感情の爆発」もなく、(反抗期もこの類で自ら「反抗するのはやめよう。諦める」と心に誓い過ごしていました。)

我慢することが当たり前、心の中ではめちゃくちゃ嬉しいけど表情が伴っていない、などが当時ありました。

社会人になり「うつ状態」になる

我慢する、自分の感情を的確に出すことができずにいたため、社会人になってからはかなり苦労をしました。

苦しいけど誰かに相談するでもなく、気丈に振る舞い。

そうしてたら無理がたたってうつ状態に。

初めてメンタルクリニックに行ったとき人生でも初なのではないかと思うぐらいに自分の素直な悩んでいることとか気持ちを涙を流しながら話していたのを覚えています。中身はうろ覚えです。

けどこのあらかた3つが満たされていました。感覚でおもってるだけだったけどこんなこういうことかと実感しました。

  • 遮らずに僕の話を聞いてもらいたい
  • 一旦でも受け入れてもらいたい
  • ステータスや事実だけじゃなくてもっと僕自身の中身に興味を持ってもらいたい

これは親に主に親に感じていた感情です。

だからでしょうね。誰かが僕に話をしてくれている時って「いいよ〜、どんどん思う存分話して。それだけでも価値がある。最後まで話すことで気が楽になることもある」と思っていました。

そんな経験をもとに”雑談”、”ただ聞く”に想いがフォーカス

よく周りから「自分の話ばかり聞いてもらってごめん!」「なんかたかろーと話をしているとついなんでも話してしまう安心感」「話を聞いてもらうだけなのに、思考がまとまったありがとう」と言われることが多いんです。

これに関しては、コーチング的にとかそういうのもなくただただ話を聞いて満足して帰っていくみたいな感じ。

これはさっき言っていたクリニックでの”素直な感情の吐き出し”があったからだと思っています。

僕がいつも人の話を聞くときの想いとして「誰も邪魔は入らないから、思う存分話してほしい。否定もしません。じっくり聞きますよ」です。

ただ単純に話を聞いてほしいだけの人っていると思うんです。僕のように、なかなか意見や想いが周囲に伝えられず我慢してストレスになっている人など。

ということで近日中に「ただ話を聞くだけ」をテーマとしたサービスを試験的に実施

とりあえずTwitterアカウントを作るだけ作りました。これはら運用開始です。

人数限定ですがホントにただ話を聞くだけ1時間!

オンラインです。希望者、質問などはTwitterのDMまで〜